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連載“改正民法”

−第10回「受領遅滞」

□ 2020(令和2)年4月1日より、改正民法が施行されます(「民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)」、平成29年5月26日成立、同年6月2日公布)。
 現在の民法(債権関係)は1896(明治29)年に制定されました。債権法は取引社会を支える法的な基礎であるにも関わらず、約120年もの間、ほとんど改正がなされていません。
 今回の改正は、社会・経済の変化への対応を図り、国民一般に分かり易いものとするために、実務で通用している基本的なルールを明文化したものです。
 今回は「受領遅滞」について、解説します。

□ 重要ポイント
1.目的物の保存義務の軽減  特定物の引渡債務の債務者は、受領遅滞となった後は善良な管理者の注意(改正民法400条)ではなく、自己の財産に対するのと同一の注意をもって目的物を保存すれば足りる(改正民法413条第1項)。

2.増加費用の債権者負担  受領遅滞により増加した債務の履行費用は、債権者の負担となる(改正民法413条第2項)。

3.受領遅滞中の履行不能と帰責事由  債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす(改正民法413条の2第2項)<新設>。

□ 解 説
 現行民法は、受領遅滞の効果につき「遅滞の責任を負う」と規定するのみで具体的な効果を明記していません(旧民法第413条)。そこで、改正民法では第413条を削除し、一般的な解釈や判例(最判昭40.12.3)に照らし、受領遅滞の具体的な効果を明文化しました(改正民法413条,413条の2第2項)。

1.受領遅滞の効果として、目的物の保管につき「自己の財産に対するのと同一の注意」で足りるものとし、注意義務を善管注意義務より軽減しました。

2.受領遅滞によって増加した費用を債権者が負担すべきことを規定しました。

3.受領遅滞中に債務者の責に帰することができない事由によって履行不能となった場合は、債権者の責に帰すべき事由によるものとみなし、契約解除等ができないなどの効果が生じるものとしました。これは、以前より、受領遅滞の効果として解釈法上認められていたものです。

4.なお、債権者に受領義務があるか否かについては、規定がなく、引き続き解釈上の論点となります。
 そもそも、受領遅滞は、債務の弁済において受領などの債権者の協力を必要とする場合に、債務者が債務の本旨に従った弁済の提供をしたにもかかわらず、債権者が協力しない、又は、協力できずない状態で、債務者は履行ができない状態にあることです。昔から、受領遅滞の法的性質については、法定責任説と債務不履行責任説という二つの考え方が対立しています。両説の違いは、債権者に法律上、弁済の受領義務を認めるか否かという点です。
 ・A説(債務不履行説):債務の実現には債務者の弁済行為だけではなく弁済の受領がなければ実現できないという観点から債権者にも弁済の受領義務が法律上存在する。債権者が受領拒否など弁済の受領義務に違反する行為をすれば、それは債務者の債務不履行ではなく、債権者の債務不履行である。したがって、受領遅滞は債務不履行責任そのものであるというのが、債務不履行責任説です。
 ・B説(法定責任説):債権の行使は債権者の権利であって義務ではない。受領義務の合意がある場合は別として、原則として、債権者に法律上の受領義務はない。従って、受領遅滞というのは、債務不履行ではなく法が認めた特別な責任である。具体的には、受領遅滞の個々の法的効果は、@民法第492条の「弁済の提供」によって債務者は債務の不履行によって生ずべき一切の責任を免れ、A第485条但書により増加した保管費用や弁済費用を債権者が負担する。そして、この弁済の提供によって目的物は特定し目的物の所有権が債権者に移転することの効果として、B債務者の善管注意義務は自己の物と同一の注意義務に軽減され、C弁済の提供後に目的物が滅失した場合にはその危険負担は債権者が負う(債権者主義)。

 しかし、法定責任説によれば、改正前の「その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。」とは何かが問題になります。債務不履行責任の要件として債務者の帰責事由が必要ですから、債権者に債務不履行責任を問うには、債務者の責めに帰すべき受領拒絶がなければいけません。条文上の「債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないとき」というのは、例えば、自然災害等により債権者が受領できない場合もあります。これを一律に債権者の責任としては、具体的妥当性に欠ける結果となってしまいます。
 債務不履行責任説は、受領遅滞を債権者の責めに帰すべき受領義務違反という債務不履行責任と捉えることで、受領遅滞に基づく損害賠償請求、契約解除を認めるところにあります。
 今回の民法改正では、契約解除について債務者の帰責事由を要件としませんので、受領遅滞の場合、債権者の受領義務違反がなくても債権者による「受領遅滞」あるいは「受領不能」があれば債務者に契約解除権が発生することになります。このことは、受領遅滞を法的責任説に立ったとしても、債務者に契約解除権が認められる結果となります。
 債権者に受領義務を認めていないのに「受領遅滞」あるいは「受領不能」があれば債務者に契約解除権が認められるというのは、従来の判例法理と矛盾します。また、債務不履行責任説の立場では、債務者には損害賠償請求は認められないが契約解除権が認められる結果となってしまいます。
 今後の課題と言えます。


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